【仕事を手放して不安になったあなたへ】「私の価値って何?」と立ち止まった気持ちと向き合うヒント

生き方・価値観

「仕事を手放したら、私の居場所がなくなった気がした」
「私は何者?」と不安になった私の経験が、
あなたの気持ちを整理するヒントになれば嬉しいです。

長く続けてきた仕事をやめること。
それがどれほど大きな決断か、実際にその立場になってみて、はじめてわかる感覚があります。

私は出産を機に、正社員からフリーランスへと転身しました。
けれども、昨年、私は長年お付き合いのあったクライアントさんの元から去り、あえてその仕事を手放す選択をしました。

経済的に余裕があるわけでは無かったけれど、
私が私であるために「今」譲りたくないものがあったからなのです。

けれども、実際に仕事を手放した後には、今までにない解放感と同時に、
「私の居場所がなくなったような感覚」と、「私は何者?」という問いが、心の中でしこりのようになっていることに気が付きました。

今日は、そんな私自身の選択と実際に経験した心の揺らぎや気づきについて、ここに綴ってみようと思います。

この記事を読み終える頃、もし同じようなことで心がもやもやしているあなたの中に、何か気づきや残るものがあれば嬉しいです。

💡この記事はこんな方におすすめ
  • 長く仕事を続けてきて、それが自分の一部だったと感じている
  • 子育てと仕事、自分の時間のバランスに揺れている
  • 仕事を手放したあと、自分の価値がわからなくなったと感じている
  • 人生の次の章に、どう向き合っていけばいいのか探している

なぜ私は、あえて仕事を手放したのか

出産後、私はフリーランスでずっと仕事を続けてきました。
とは言え、時間の拘束がある仕事だったため、子育てとの両立に悩んだり、自分の時間がまるで持てなく苦悩した時もありました。けれども、それでも働くことはやめませんでした。

「家庭のため」「子どもたちの将来のため」という理由もありましたが、
それと同じくらい、仕事が自分と社会を繋ぐ、私のもうひとつの居場所だったという気持ちもあったからだと思います。

そんな仕事を「手放す」という選択肢をすることは、日々の忙しさに追われる中で、
子どもたちの成長が加速しているように感じたことがきっかけでした。

子どもたちが思春期に突入したことをきっかけに、親子関係の形も変化し
このまま、すれ違うように「あっという間に」子育てが終わってしまうかもしれない。
そんな、焦りにも似た感情に苛まれました。

「いずれ巣立っていく子どもたちに、母として向き合えるのは今だけかもしれない」
そう感じたとき、今までの生活を手放すという迷いは私の中から消えていきました。

 

「私って何者?」という問いに立ち止まる

実際に仕事をやめてみると、その直後は、何にもとらわれない解放感がありました。
子どもたちが学校に行っている間だけでも、時間を気にせず「自由」に呼吸が出来る感覚です。

けれども、そんな解放感を感じられたのは数日のことで、
すぐに、心にぽっかりと穴があいたような不安定な感覚に襲われました。

家事はしているし、家族もいる。
けれども日々、決まったリズムの中で動いていた私は、
突然そのリズムを失って、自分の居場所を見失ったような気持ちになったのです。

何もしていない自分に
「これでいいの?」
「私は、何かの役に立っているの?」

そんな思考が、頭の中をめぐり始めました。

 

心の違和感に名前をつける

そんなとき、家の棚に積まれていた心理学の本の中から、2つの言葉を見つけました。

「役割喪失(Role Loss)」という状態

「役割喪失」とは、長く担っていた社会的な役割を手放したときに起こる、心の空白感や不安のこと。
たとえば仕事、育児、介護、それがどんな形であっても、「自分の役割」として機能していた場所がなくなると、心はぽっかりと穴があいたように感じるのです。

まさに私も、自分の中から「働く私」がいなくなったことで、
自分の立ち位置がふわふわと曖昧になったのを感じていました。

誰かに認められる場所がないと、自分の存在価値が見えにくくなる。

でも、これは「おかしなこと」なのではなく、自然で人間らしい感情の動きなのだと理解できると、少しだけ自分の心が救われました。

「アイデンティティの拡散(Identity Diffusion)」

さらにもうひとつ、アイデンティティの拡散(Identity Diffusion)という概念もあります。

これは、自分が何者であるか、どこに向かいたいのかが一時的にぼやける状態を表します。

肩書きも、外の世界との接点も少なくなった今、私の中には「ただの私」だけが残りました。そして、その「ただの私」をどう受け止めたらいいのか、わからなくなってしまったのです。

「私は何をしたいの?」
「何に向かって生きているの?」
「この先、誰のために、何のために時間を使いたいの?」

そんな問いが、ふとした瞬間に浮かんでは、答えのないまま宙をさまよっていく…。
それがまさに「アイデンティティの拡散」と言われる状態に、近かったのだと振り返ってみて思います。

でも同時に、それは自分の軸を新しく見つけ直すための大切なプロセスだったのだと思います。

ぼやけた時間があったからこそ、
少しずつ「私が本当に望んでいること」が、色味を増して見えるようになってきたのだと思います。

 

「何もしていない私」に許可を出すということ

仕事をやめてからしばらくして、
毎日が変わり映えのない日々に感じて、焦る気持ちもありました。

でも、あるとき、子どもたちとの何気ない会話の中で、

「ママ、最近なんかやさしいね」
「そういえば、最近ご飯が豪華じゃない?」

と口々に言われたことに、とてもびっくりしました。

私自身はそんなことを意識してもいなかったし、むしろ「私は何もしていない」と感じていたのですから。

でも、もしかしたら、子供たちとの時間をもっと大事にしたいという想いが実り、
心に余白が生まれて、私自身の表情や空気がやわらかくなったからなのかなとも思います。

そんなことをきっかけに、私はもう一度、「今、何をしているか」ではなく、
自分が「どう在るか」を大事にしたいと思うようになりました。

 

自分の声を聴きながら、また歩き出すために

今の私は、まだ「次に何をするか」は決まっていません。
今は焦らず、自分の声を聴き調整する時間。
今まではずっと「役割」の中で後回しにしてきた、自分の本音に目を向ける時間だと思っています。

そんな中で、私は少しずつ、「次の一歩」も模索し始めました。

子どもたちと過ごせる時間に仕事を持ち込まなくて良いように、
フルフレックス・フルリモートの働き方を探しはじめました。

なかなか希望通りの仕事は見つかりませんが、でも今度は、「私自身が前向きになれる職場環境」に身を置きたいと思っています。誰でもない、自分のために。

そしてもうひとつ、
自分の「第二の人生」を見据えて、心理士を目指し、オンライン大学に入学しました。

学びは始まったばかりですが、
これからの時間を「自分自身の土台を耕す時期」として使っていきたいと思います。
私の大学生活については、また別の記事で綴っていけたらと思っています。

 

まとめ|手放したからこそ見えるものがある

仕事を手放すという決断には、不安がつきまとっていました。
でもその不安の奥には、「本当に大切にしたいもの」や「自分がどう生きていきたいか」を見つけるチャンスがありました。

何かをやめることは、終わりではなく、
新しい問いと、新しい日々の始まりなのだと思います。

・今の自分が少し空っぽに感じる
・「何者かわからない」気持ちがある

そんなときこそ、無理に動かず、立ち止まってもいいのだと思います。

あなたがもし今、似たような迷いや揺れの中にいるのなら、
どうか急がず、自分の気持ちと時間をかけて向き合ってみてください。

「やめる」ことも、立派な「選ぶ」という行動。
そう思えたとき、少しだけ前が明るくなるかもしれません。

あなたは子育て後の人生を、どうやって生きていきたいですか?

あなたが今感じていること、立ち止まった経験があれば、ぜひ聞かせてください。
共感や気づきをシェアすることで、誰かの安心につながるかもしれません。