【理想に疲れたあなたへ】「こうあるべき」を手放した先に見える、家族のかたち

生き方・価値観

私たちは良い家族なのかな?ちゃんと出来ているのかな?
そんなふうに感じて、胸の奥がぎゅっとなること、ありませんか。

夫婦は仲良くあるべき。思春期になったら子どもは自立して当然。
知らないうちに心のどこかに、そんな「理想」が刷り込まれていませんか?
私はこの理想像に、ふと、「あれ?」と立ち止まり、自分に問いかける時期がありました。

ここ数年、私の身の回りで起きた数々の出来事をきっかけに、ずっと疑うこともなく抱えていた「家庭」や「親子」の当たり前が、もしかしたら幻想だったのではないかと感じていたのです。

けれども、その気づきは結果的に心をゆるめ、私を新しいステップへと導いてくれました。

この記事では、そんな気づきのプロセスをたどりながら、
「理想のかたち」から少し離れて、自分と家族にとっての「ちょうどいい距離感」を見つめなおす時間を、一緒に過ごせたらと思っています。

読み終えるころに、少しだけ、あなたの肩の力が抜けていますように。

💡この記事はこんな方におすすめ

・「夫婦はこうあるべき」「子どもは自立すべき」などの理想像に違和感を覚えている
・家庭や育児をめぐって、他の人と比べて落ち込むことがある
自分の気持ちにフタをして「正しさ」を優先してきた感覚がある
・子どもの反抗期や夫婦関係に戸惑いながらも、どこかで「これでいいのかな」と立ち止まりたい
・我が家なりのリズムや、自分なりの心地よさを見つけていきたいと思っている

 

「当たり前」がつらくなる背景にあるもの

夫婦はお互いを思いやって、支え合って、同じ方向を向くのが理想と、心のどこかで私はずっと思ってきていました。子どもたちは中高生にもなれば、自分のことは自分でやって、生活時間も勉強も、時間も上手に管理できるようになるものだと。

でも、ふと
「…それって、誰が決めたんだろう?」
と立ち止まるきっかけがありました。

たとえば「夫婦円満」は、テレビやSNS、親世代の言葉など周りの影響で「そういうもの」と刷り込まれていたのかもしれないけれど、実際には、すれ違いも疲れも、ぶつかることだってあるのが現実ですよね。でもそれを「理想からズレてる」と感じて、自分を責めてしまうことがあったのです。

「子どもの自立」も同じで、思春期になったら自然としっかりしてくるはず。私の手を離れていくもの。そう信じていたけれど、実際には、何度言っても予定を忘れるし、夜は遅くまで起きている、結果的に朝起きられなくなって、眠い目をこすりながら不機嫌に家を出ていく・・・
イライラしてしまう自分に、本当に落ち込みました。

そんなとき、これは私がそうあるべきと思い込んでいた理想像が、自分の気持ちの落ち込みに繋がっているのかもしれないと気がつきました。

  

「型」から自由になって、心が軽くなったこと

あたりを見回すと、世の中の多くの家庭が様々な形で成り立っていて、決して一つの「理想像」におさまっているわけではないことに気がつきます。

夫婦のかたちは、いくつもあっていい

夫婦の関係って、本当にいろんな形があるんですよね。
「思いやりあふれる毎日」でなくても、ちゃんと成り立っている家庭はたくさんあります。

たとえば・・・

✔ 会話は少ないけれど、家事や子育ての役割分担がうまくまわっている夫婦
 → 言葉よりも仕組みで成り立っている関係もあります。

✔ 価値観の違いでよく衝突するけれど、その都度ちゃんと話し合って関係を深めている夫婦
 → 一見ぶつかり合いに見えて、実はすごく誠実な関係性と言えるのではないでしょうか。

✔ 休日は別行動が多く、共通の趣味もないけれど、お互いに干渉せず尊重し合えている夫婦
 → 近すぎない距離感が、心地よさのベースになっている場合も。

✔ 一緒に過ごす時間は短くても、LINEでのやりとりが優しくて心の支えになっている夫婦
 → かたちよりも、日常のどこかに「安心」がある関係。。

理想の夫婦像に当てはめるのではなく、「私たちなりの成り立ち方」があることに気づけたとき、世界の見え方が少しやわらぐように思います。

 

子どもの自立は、一気に進まない

「中学生になったらもう自分のことは自分でできる」
そう思っていたのに、現実は違って戸惑うこと、ありますよね。

心理学の視点では、「自立」はひとつのゴールではなく、いくつかの段階を経て進んでいくプロセスとされています。代表的なのは、以下の3つの段階です。

1. 身体的自立

着替えや食事、生活の基本的なことを自分でこなせるようになる段階。
これは比較的早い時期から見られます。

2. 精神的・感情的自立

親にべったり依存するのではなく、自分の感情を整理したり、他者とどう関わるかを少しずつ学んでいく時期。
この段階は思春期に入っても揺れ動くのが自然です。

3. 社会的・経済的自立

社会の中で自分の役割を見つけ、自立した個として生きていく力。これは成人以降の課題で、長く時間をかけて育ちます。

そして、男の子の方が感情表現や自己理解に時間がかかる傾向があるとも言われています。
でもこれは「遅れている」わけではなく、成長のプロセスが違うというだけ。

だからこそ、ある時は反発してきたり、急に甘えてきたり。
そんな揺れ動く姿も、「自立へ向かう大切な段階なんだ」と捉えると、少し心が穏やかになりませんか。

うちの子なにかおかしい・・・というイライラから、
「男の子って、こういうもんなんだ」と思うことで、
大分心が楽になりました。

「こうでなければ」から離れるための、小さな工夫

「当たり前だと思っていたことを疑ってみる」と言っても、それをすぐに手放すのは、そう簡単なことではありませんよね。

私はまず、こんな風に意識を変えることからはじめました。
そのきっかけになった、ちょっとした工夫を3つご紹介します。

1. ひとつの「当たり前」に対して、問いを立てる

たとえば、こんな問いかけをしてみることで、自分なりの答えを見つけました。

「夫婦は支え合うもの」
 →「相手もそれを望んでいるのかな?でもね、それぞれが自立して、ちょうどよい塩梅で関わっている夫婦もいるよ。職場の仲間や友達と支え合いながら生き生きと輝いている女性もいるよね?

「中高生なら自分のことは自分でできるようにならなくちゃ」
 →「じゃあ、私も中学のときに全部で来てた?そんなに完璧だったっけ?

問いを立てることで、頭の中の無言のルールに気づけるようになります。
否定することではなく、「私、こんなふうに思ってたんだ」と気づいてあげること。

手帳のすみに書いてみたり、スマホのメモに残したり。誰かに話してみたり。
ほんのひとことの問いが、思考のクセを和らげてくれます。

2. 比較をやめて、「今日の小さな幸せ」を見る

他の家庭と比べて「できてない」と思うよりも、「今日は子どもと笑えた」「夫に嫌な感情を持たなかった」…その小さな満足感を大切にするようにしました。

「今日は子どもと一緒におやつを食べて笑ったな」
「夫とは会話はなかったけれど、それぞれ穏やかに眠りについていたな」

そんな瞬間に目を向けてみると、「できてない」と思っていた日常にも、ちゃんと温度があることに気づくことができます

この「ほっとできたこと」を習慣的にノートに書いたり、メッセージで気の合う友人に送ってみたり。
週間になると、不思議と比べる気持ちが静かになってきます。

3. 「十分やってる自分」に目を向けてみる

完璧じゃない家庭でも、完璧じゃない親でも、「何とか今日もやりきった」って、自分に声をかけてあげたくなる日、ありませんか?

私は夜、お風呂に入るときに、1日の自分を振り返り、そっと心の中でつぶやくようにしています。

「今日もちゃんと向き合ってたよね」
「うまくいかなくても、あの一言はすごくがんばったと思う」

これは、自己肯定感を高めるセルフコーチングのひとつでもあります。
何かを達成した日じゃなくても、心のスタンプを押すように、「今日もおつかれさま」と言えるだけで、少しあたたかくなれます。

 

まとめ|「こうあるべき」を手放したとき、見えてくるもの

「夫婦ってこう」「子どもはこうあるべき」
そんな当たり前や理想は、安心材料になることもあれば、気づかないうちに私たちを苦しくさせていることもあります。

でも、それが本当に自分や家族に合っているのか?少し立ち止まって自分自身に問い直してみたとき、その理想が「正解」ではなく、「思い込み」だったと気づくことがあるんですよね。

「うまくやれていないときに、どう関わるか」
「今、目の前の関係に安心を感じられるか」


そんな視点で見つめてみると、完璧ではないけれど、我が家なりの、私なりの幸せが、ちゃんとここにあると感じられるようになりました。

心のゆとりを保つために、ときには「任せる」「諦める」「感謝する」
そんな選択をしてもいいし、何もしない時間を大切にしてもいいと思うんです。
「正しくあること」より、「安心していられること」を選んでいく。
それが、私にとっての自分らしさにつながる気がするのです。

「こうあるべき」から自由になったとき、はじめて、「私はこれでいい」と思える自分に出会えるのかもしれません。

その一歩は、誰かに急かされるものではなくて、ゆっくりでも、自分のペースで踏み出していけたらよいと思います。そんなふうに、自分自身にやさしく声をかけてあげてくださいね。

 

あなたが「当たり前」だと思っていたけど、
実は苦しくなってしまった考えはありますか?


よかったら、そっと教えてくださいね。